★ mixi 開いて思い出したよ

No Music No Life…
出会いは偶然じゃない、
運命なんだ

久しぶりにmixiを開いてる。新年に、偶然高校の頃の友達と名古屋でばったり会ったんだ。
彼女は今海外に住んでる?住んでた??高校〜成人式〜以来、お互いにそんなに連絡取り合ってるわけじゃないんだけどね、相変わらず聡明でかわいらしい素敵な女性でした★ ま、さておき、そんな彼女からメッセージが届いてたので開いてみた。

mixiから離れていった理由を今思い出した。FBに移った… っていうのも確かにあるけど、移ったのには理由があったんだ。
SAWAって名前でバンドやってる頃から応援してくれてる人が大阪にいました。ロック好きの明るい青年で、でもネットだけの繫がりで、よくMySpaceに書き込みしてくれてたな。「いつか、大阪に行って目の前で演奏できるようにするから」ってのは、あの頃の私にとってヒトツの目標になってた。バンド内でも色々あって、どうにか香港でツアーした翌年、やっと大阪にツアーで行ける事になった。MySpaceがなくなって、Mixiでやり取りを続けていた頃、その人が、重い病気で、応援してくれてる間ずーっとその病気と戦いながら入退院を繰り返してたのを知った。2011年9月末「やっと大阪に行ける事になったよ!」と連絡したら返事が返って来ない。しばらくして、また入院していたと知り、mixiは開けないから…と、今度は携帯で日程とかのやり取り。1週間ほど空いて、11月前半「もしかしたら見に行かれんかもしれん」と、今までの超前向きな彼のテンションとは全然違う返事がきてびっくりした。

2011年11月25日、大阪難波でのライブ当日の朝、大阪入り。
ちょっと覚悟はしてた。
知り合い経由でなんとか携帯電話の番号を知ることができて(もう、執念というか… 半分ストーカーだよね。笑)お昼近くに電話をかけて、知った。私は1日遅かった。

電話に出られたご両親のご好意で、見ず知らず私はお宅にあがらせて頂いた。

その人の家に行き、初めてその人が話したり、笑ったり、歌ったりしてる姿を見た。文字で綴られてる人柄そのもので、とても前向きで愉快で、ロックな出で立ちの、多さかな兄ちゃん。通りすがりの人は重い病気だなんて誰も思わないだろうな。ご両親も言っていた。全然弱音を吐かないし、本当はすごく苦しいのに最後までそういうことは一言も言わなかった、って。看護婦さんも言っていた、病院の人気者だったのよ、って。

24時間…
1日早ければ、ライブは見てもらえなくても一目会えたかもしれない。
1ヶ月早ければ、ライブは見てもらえなくても目の前で歌を聞いてもらえたかもしれない。
6ヶ月早ければ、ライブにきてもらえたかもしれない。。。

悔しさ、後悔、自分に対する怒り、これが運命ってやつなのか?とか… でも初の大阪ライブはその日の夜。
2011年の11月25日はいろんな思いが交錯してたな。笑

迷ったり、拗ねたり、自分を責めたり、怒ったり、、、私がそんなことしてる間もその人は1日でも長く生きようとしてたんだよね。毎日、戦ってたんだよね。音源作るにも、時間がかかってしまった。でも、約束通り送るよ。出会ってくれたことへの感謝を込めて。

だいぶ前にメンバーに聞かれた。「なんでそんなに頑張れるの?」って。
毎日必死だからだよ。
聞きたいと思ってくれてる人に、聞いて欲しいと思ってる人に、聞いてもらえないのはもう絶対に嫌なんだ。
努力しないで諦めるなんて、私には難しすぎるよ。

理由は、それだけだよ。

かんたんだ!:)

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