★ブログかかにゃ…と思いつつ

7月は体調壊したり(何度もOrz)、仕事したり、ライブしたり、レコーディングしたり、歌詞書いたり、とりあえず必死に越えてきました。と、そんな7月中に実家がまた新聞に載ったらしく… で今日は偶然少し時間ができたのでそのブログを更新。記事を’なんとなく英訳?’しつつ…読んでいるうちに改めて思った。「あ、だから私音楽がこんなに身近なんだ」と。

記事の出だしを一部抜粋(父の台詞)。
「薪を切り始めるときはカンツォーネ。終盤にはシャンソンをかけるんだ。仕事の最初は心が高まるように。落ち着いたころには、ほっとするようにね」

なんか音楽の紀元を思わせるフレーズが書かれていて本当にびっくりした。辛い畑仕事、大変な重労働、苦しいけど、つまらない作業でも、生きるためにはやらなきゃいけないこと。それを少しでも楽に思えるように、楽しめるように、、、いつしか働き者たちの鍬の音や、重たい荷物を運ぶ足音もリズムになり、かけ声を掛け合ったり、肩を叩き合ったり、目標が達成できた暁には声を上げて歌ったり踊ったり。つまり簡単に言っちゃうと音楽は昔からめちゃくちゃ身近なもので、食料とかと違ってなくても生きて行けるけど、あったら生きる喜びを何乗にも高めてくれる。人って「喜び」「共感」「分かち合う幸せ」なんか、そういうのないと苦しくなっちゃうじゃん? 心の潤滑剤というか、栄養というか、起爆剤??時空も越えれば、言葉や文化の壁も越える。一瞬で何千万人って人が心で繋がれちゃったり、ダイナミックで繊細で、ひとりぼっちの時は唯一心が打ち明けられる親友みたいな存在だったり。(まぁ、うちの父は私のやってるロックってものはビートルズくらいまでが限界らしいのですが…笑)

風呂屋を昔ながらの薪で21世紀の今も続けるのは簡単な事じゃない。法律も変われば、社会も、人の生活スタイルだって勿論変わる。だけど、「苦」を苦ともせず、「楽」に乗ずる事なく、非合理そうな毎日を合理的だと言いきって、そして毎日を全力で生きる父。昔は怖い父だったけど、今じゃ3姉妹全員に激甘(笑)。だけど自分には厳しいままで。

私は音楽を今もやっている。そして、音楽中心の生活になって7年。家族、友人、様々な出会いやいろんな幸運と、自分なりの精一杯の努力と、そして何より今日も私をシンガー/作詞家として受け入れてくれる人たちのおかげで音楽やれてます。本当にありがとう。初心忘るるべからず、ですね。みなさん、本当にありがとう。

sorry … I don’t think I can no longer spend time on writing blog tonight. (better go sleep or gonna back in sick mood again). Hope you can forgive me by using translator. (> <)

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